ベルビューカレッジ×カークランドライフ

Bellevue College(ベルビューカレッジ)に通う女のリアルな日常。

新卒に縛られないということ

アメリカに来て感じた職能別採用。
新卒という概念がないアメリカ。企業はスキル重視でポジション別に募集をかけるため、スキルさえ持っていればいつでも就職できる。また、一度就職しても大学に戻り、キャリアチェンジすることも可能だ。

 

そのためか、わたしの通っているベルビューカレッジには社会人の方もたくさんいる。50歳オーバーの人もいるから驚きだ。なんで大学で勉強すること決めたの?と聞くと、「仕事でこのスキルが必要になったから勉強しに来たんだ。これができれば高い給料が貰えるからね。」と言っていた。

 

また、同じ質問に対して、別の人は「働いていて〇〇が得意なのがわかったんだ。専門的に学んで〇〇の仕事に就けば今より良い生活ができるからね。」と。


なるほど。考え深い。給料だけでなく、スキルも会社からではなく、自ら得るものなのだろう。会社は人材を育てることよりも、いい人材を採用することに重きを置き、人材レベルをアップデートしていくという感じだろうか。
給料を会社様に"頂く"と言うより、会社は給料を得る手段のようだ。


日本で会社と従業員との関係は従業員が心身ともに会社様に全てを献上し、"従業員が会社様からお給料を頂く"という言い方が正しいのではないだろうか。


一方アメリカの場合は
"会社が従業員の仕事に対して給料を支払う"という、日本よりは対等な関係にあるように思う。

 

スキルがあればいつでも転職ができる。だからいつ働き始めてもいいし、いつやめてもいい。なんて自由な。自分中心の自分が最優先な文化、嫌いじゃないです。良くも悪くも集団としての意思をあまり形成せず、俗に言う「正解」は存在しない。

 

また、一緒に住んでいるルームメートと出会ったことも「正解」「当たり前」がわからなくなった1つのきっかけだ。そのルームメートは中国人でカレッジから4年生の大学に進み高い学位を持つ。しかし初めから企業に就職する気はまったくないようだった。大学卒業したらどうするの?と聞いたらアパレルでバイトするよ〜と言われ、わたしの頭の中は???状態。「タフな精神を身につけるためにノルマの高いとこでサービス業をやってみることにしたんだ。」と言っていた。大学卒業したら会社で働くというこんなに当たり前のことがアメリカでは当たり前じゃないのか。それとも彼女が例外なのかはわからない。ただ、4年生大学を卒業した女子という点で自分と同じ状況の彼女の選択は少なくともわたしには衝撃だった。


なにがやりたいの?と聞いたらファッション関係の仕事に就きたいとは思ってる。と。まだ決まってないからとりあえずバイトで精神鍛える〜って日本では考えられない。とりあえずやりたいことがあってもなくても就職するのが当たり前だ。

 

日本の当たり前基準とは違うところで生きている人たちを見て、

"みんな違ってみんないい"という言葉の意味を22歳になって初めて、アメリカに来て初めて理解できた気がする。

 

日本でもよく聞く言葉だが、日本では綺麗事の中に留まり、現実味を帯びていないのではないだろうか。日本では"違っていい"という言葉の前提として、みんなが良いと認めるその範囲内での"違い"を良いと表しているように感じる。

 

人と比べない。自分に中心を置けばいい。こんな簡単なことがなんでできないのだろう。アメリカにいる間に、自分が大切にする基準を見つけられたらいいと思う。