日々の気づき from ベルビューカレッジ

Bellevue College(ベルビューカレッジ)に通う女のリアルな日常。

ブランド名は質を保証するもの?

日本にいたときにただの高い物だと思っていたブランドの概念が変わった。

 

ブランドにはデザインを保証すると同時に質を保証するものだったのか。と。

 

極寒のニューヨークに行き街行く人がカナダグース(canada goose)のダウンを着ている。日本にいたときは10万のカナダグースを買うのは高いもの=すべて良いものだと思っているただの金持ち、としか思っていなかった。が、これは寒い地域ではこんなに意味があり、需要があるものだったのかと驚いた。内側はダウンで外側は風邪を遮断する素材。どのコートより極暖。人々はカナダグースというブランドを求めていたのではなく、この実用性を求めていたのか。と。

 

UGGのブーツも同様。3万4万のムートンブーツ?なんでデザインが飛び抜けておしゃれでもない(すみません)3万のムートンブーツを好んで買う人がいるのか意味がわからなかった。しかし、UGGのブーツは靴底が厚く、防水性に優れ、極寒の地では必要不可欠なものだった。日本ではマイナス10度になることはあまりないし、ここまで足先の寒さを防ぐ必要性はまったくないが、ニューヨークではUGGの品質レベルが必須。

 

寒い地域で過ごすなら、カナダグースとUGGのブーツがほしいと心から思う。

 

日本では身の回りのものを選ぶときにデザインだけを見ていた。これは寒さという不快をそこまで感じることがなかったから。 

 

おしゃれなものを着ることが第一優先だった。

しかしニューヨークでは寒さを防ぐことが第一優先。

 

まあ、そのときそのときの状況に必要なものを揃えて行けばいいんですよね。当たり前ですね。

 

ニューヨークに行って、初めて質の良いものがほしくなったってだけの話です。

 

もし今後めちゃ寒い土地に行くなら完全防備のダウン買ってから行くつもり。カナダグースのものなら寒さを防備してくれる。こういう信頼感をブランドは保証している。

 

人に価値を認めてもらえて、〇〇の質が欲しい!と思ってもらえるような商品を世に送り出したいものです。

 

ブランドはデザインを保証するものとは思っていたけど、質を保証もするんだなあ。と、普段いかになにも考えずに生活しているかがわかります。

 

 

 

 

 

なんで英語ができるようになりたいんだろう

英語が好きな理由に気づいた
わたしは映画とか洋楽が好きで英語に興味を持ったわけじゃまったくないってこと。
日本にいたときは洋画めっちゃ好きで常に見たい映画があったし、映画見る予定常に立ててたし、暇さえあれば一人映画もしてた。蔦屋でたくさんあるDVDから面白そうな作品を手にとって探すことも好きだった。気に入った映画を家に持って帰り、見るのがHuluやNetflixでは味わえないたのしみだった。

こんなにも洋画が好きだったのに、アメリカに来てからぜんぜん見てないぞ。なんでだ。
そもそも映画そんな好きじゃないんじゃない?みたいな。

なんで英語が好きかわかった。英語自体に魅力を感じていたんだ。英語ができる人がかっこよく見えるだけ。
わたしはあと留学3ヶ月しかなくて、自分の英語力にぜんぜん満足してなくて。まわりに最近聞いたんだ。みんな最近英語に力入れてる?って。大抵のIBP生の答えはNo。みんな口を揃えていうのは英語が必要ならやればいいと思うって。
みんな留学に来る前は英語が第一目的だったはずなのに。IBP留学はキャリアについて考える機会がほんとうに豊富だ。だからみんなそれぞれやりたいことを見つけてそっちに力を入れるようになったのだと思う。
わたしはといえばなにがあっても英語が話せるようになりたい!の一本ばり。目的はかっこいい人になりたいから。世界中の人とスムーズに話したいから。英語が話したいなあ。自分に自信がないからスキルベースで人を見てるらしいんだよ。今までもプログラミングできるようになりたい!とかSEO対策とか株の勉強しよ!ってなったけど全部ただスキルがある人に憧れてるだけだったなあ。

得意なことを見つけてかっこいい人になりたい。

日本で平和に生きる幸せを再認識

日本には自分がいかに幸せかを感じる環境が少なすぎる。

年末年始にかけて、アメリカ中の大学から学生が集まる会議に参加した。その中で1人の女の人のスピーチと彼女がスピーチの最後に投げかけた質問を通し自分はなんて幸せなんだろうと思った。

スピーチの内容は割愛するが、スピーチの最後に彼女は会場にディープな質問をした。いじめられたことはあるか、いじめたことはあるか、親が離婚しているひとはいるか、危険な目にあったことはあるかなどなど。
質問に対して当てはまる人が椅子から立ち上がるという形式。

わたしはなんて幸せな人生を送ってきたんだろう。
今までいじめられて辛い思いをしたこともない。
両親は健全。
留学だって親頼みで自分で借金もしていない。
うつ病になったこともない。
つらい病気にもなっていない。
働くことを強制されたこともない。
生きていて安全を脅かされる場面に出会ったこともない。
まわりの人が殺されたこともない。

これほど幸せな環境にいる自分がなぜ日常の不運に落胆し、幸せを感じることなく当たり前の日々を送っているのだろうか。

小さな日々のしがらみに悩み、つらいと嘆いていたことに反省。

もっと幸せにポジティブに生きてほかの人の役に立つことをしなくてはと思った。

SNSを見て、することがないといっているわけにはいかない。幸せを感じる人間として、ほかの人を幸せにする義務があると思った。

自分が満たされたら人に幸せを与えられるというけれど、自分が満たされていることを自分で理解し、納得しないかぎり行動には移せない。

幸福度が低い日本人に足りないのは自分がいかに幸せかを感じる環境だと思う。

今回のように自分は幸せであることに気づく機会はとても重要。なんともありがたい機会だった。

小さなことで悩むのはもうやめにしよう。

電車に乗り遅れた、物を壊した、忘れたなど日々の小さい不運に対し、運が悪いなあと思っていたが、今の生活を手に入れているだけでわたしは十分すぎるくらい運がいい人じゃん。幸せだな。と思いました。

今は自分の幸せを認識し、日常の小さなことに悩んでいませんが、またすぐ忘れて悩み始めてしまうと思います。

なので、自分の幸せを感じられる機会を継続的に作ることが必要だと思いました。

日本では幸せを認識する機会を増やしたらもっと幸せな国になると思います。だって幸せな資源はたくさん揃っていて幸せに気づいていないだけなんだから。

実力主義のアメリカは何事も成果ベースで目的を意識?

アメリカはなぜやるのかを意識させる教育が根付くように思う。ある有名なTED Talksで言われていた"why"が大切だという話をちょいちょいいろいろな授業で聞く。

 

そのTEDの話はたしかこんな感じ。(英語だから完璧には理解してない)ライト兄弟は名声、お金が欲しくて飛行機を作ってたんじゃない、彼らは飛行機を飛ばしてすぐにどこへでも行けるような世の中を作りたかったから作っていた。ライト兄弟のまわりに集まってきた人はみんな同じ飛行機を飛ばしたいと思う人たち。もしライト兄弟がお金を稼ぐために飛行機を作ろうと言っていたらまわりの人が彼らに協力することはなかっただろう。つまり、人はwhyに動かされて行動するものだという話。

 

アカウンティングのクラスでもあなたがなんでアカウンティング学びたいか考えな。いらないならやらないでいいと思うけど、なにかのために必要なら一緒に勉強しようって。


なぜやりたいかを考えななんて日本の大学で言われたことなかったぞ?

 

それで感じたのが、
目的を意識するのって日本にはないアメリカ的?文化?ってこと。

 

ゼミで不採算事業を捨てられない日本企業の話を学んだ。リーダーが事業を切り捨てる勇気がなくて黒字の目処がなくてもやめれない。

そうしてる間に倒産の危機となり、困った企業は外国人のリーダーをトップに呼び事業の精算をお願いし、立ち直ったケースがあることを学んだ。

 

なんで日本企業は海外企業と比べ不採算事業を捨てれないのかというところにずっと引っかかっていたが、日本の教育、文化に通じるものを感じた。

 

いらないものは捨てる!なんでやるの!?なんで?なんで?と考えさせられる文化で育ったら意識することなく自然とゴールベース、成果ベース、利益ベースで考えるようになるのかもなあってなんとなーく感じながら生きているこの頃です。生活にも目的意識っていうのが根付いているのを日々の生活、授業から感じています。もっと理解を深めたいところですね。

 

Whyを考えてこないで生きてきたからここを意識するようにするのが難しいです。目の前のことだけ見て感情で動いてしまいます。

 

実力主義のアメリカ社会だからこそwhyを問う風習があるのかなあ。なんて。

 

レバレッジシンキングと頭痛からの解放

自己啓発本を読んだ。その名もレバレッジシンキング。


レバレッジとはテコのこと。なにに重きを置いてなにに置かないかをちゃんと考えろよって話。
現状から考えるんじゃなくてゴールから考えて必要なことだけやって(テコの力を利用するように)小さい力で大きなものを得ようって話。

今までブログにつらつらと自分の感じたことを書いてたのを恥ずかしくなりましたね。成功者はやっている当たり前のことをわたしは最近になってようやく気づき、実践しようとしていた。

でも、自分で感じてなかったとしたらこの本を読んでもなにも響かなかっただろうし、実体験としての資産があったからこそ、当たり前じゃん、そういうことだったのかって気づけたんだなって思います。

 

たぶん、世の中には成功するとかいい人生を送るための特徴とか要素は何十年何百年前から同じで、でもその要素を活かしているかは経験とか行動力で決まってるんだな。聞いたところでみんな実践できないし、知ってるだけじゃなくて自分で経験から理解しなきゃ意味ないんだなってかんじです。

 

本にはいいこと書いてあるけど、現実的に同じことするのは無理とか、時代が違うからそううまくはいかないとか言われてきたけど、真似したって周りの環境がぜーーんぶ違うんだからうまく行くわけがない。本からそのまま真似ようとすることが間違ってる。

たぶん、本は自分の経験と考えを体系的に示してくれたり、今の現状にヒントを与えてくれるものなんだなっておもう。だから決してそれが正解なわけじゃないし、真似したところでうまくはいかない。

この本には自己啓発本を読むだけで終わってしまう人の話が書いてあって、まさに自分だと思いました。気づいたらやろうとしたことを全て忘れ、もとの自分としてなにも変わらぬ日々を過ごしてしまいます。本に書いてあることを真似することすらできていませんね。
「真似しながら違うなと思ったら自分でアレンジを加えていくことが大事」っていう言葉を語れるような人になりたいです。

 

ここまでが本の感想文。

以下がストレス性の体調不良ってほんとにあるんだ、この本に頭痛を直してもらったって話。

ここ2週間なんとなく具合が悪かった。熱もない喉も痛くない。なのに頭と腰がめっちゃ痛くてなんか気持ち悪くてひたすら眠い。季節の境目のせいか。すぐ治るっしょ。と思っていたが治らない。頭痛2週間目には歩くだけで頭をトンカチでガンガン叩かれてるようで学校までの15分が歩けない。痛み止めを飲み続けないと生活ができない。

これはおかしい。

なんか首に最近できたしガンじゃないの!?と病気ネタ病気テレビ番組好きなわたしはムダな勘ぐりをする。

出した結論、背中も足もズキズキしてきたしこれは悪性リンパ腫かもしれない、と、とりあえずクリニックへ。

Dr.「最近なにか変わったことは?」
私「とくにないです」
Dr.「ストレス感じてない?」
私「感じてません!」

ストレスのせいですねーで片付けられるのを懸念し、ひたすらストレスはない!と言い切るわたし。

結果
Dr.「ストレスのせいですね」
私「!?」
私「リンパ腫じゃないですかね?」
Dr.「それはない、、笑」

ストレスない言ったじゃん!ほらでた、そういうの、こんな全身痛いって言ってるんだからストレスなわけないでしょ!?


とは言いつつ何もできないので薬もらって帰宅(この薬、結局飲んでない)

ストレスも悩みもない思っていた。
でも今思えば、ボスキャリに追われてどうしていいかほんとうにわからなくて相当ストレスだったんだなって思う。

ボスキャリ、とくに行きたい企業じゃないけどとりあえずみんな出してるから応募しなきゃ。
でも働きたいと思ったことないから志望動機なんて一切思いつかない。
ぜんっぜん行きたくないけどボスキャリの目的は日本での就活の面接練習だし面接を入れなきゃだもんなあ、、。
興味を持ったこともないのでまず企業のホームページで事業内容を見るとこから始める。ああこんなことしてたのね、志望動機をつくるか。時間かかるなまったく。面倒だしやりたくないな。
コンサルのケース問題の勉強なんてしたことないからできないし、テストで落ちるのはテストを受ける前からわかっている。どうせ落ちるのに志望動機つくるの?いやだなあ。
でもせっかく書類通ったしやるか、出すか、、、、、、

 

というよくわからない作業に追われる日々。
わたしはやってないけどまわりがやってるっていう状況にストレスを感じるので、自分もやる!となってしまう。

自分に必要なことと必要ないことを見極められず、現状ばかり気にしてしまう悪い癖。

 

やる理由が「みんながやってるから。」ボスキャリに関しては作業する理由がこれ。

ばかすぎる。それで辛い辛い言ってたなんて。

現状だけ気にかけ、やらなきゃいけない気がするからとりあえずやるという悪い癖に気づかず自分を苦しめていたんだなって思います。

日本にいたときは今よりは全然ビジネス書を読んでたから考え方がときどきリセットされていたけど、最近はなにが自分に必要かなんて一切考えずに目の前のことに追われていた。 

 

そんな単純思考のダメダメ人間のわたしに必要ないものはやらなくていいの!と教えてくれた友達と先ほどの本レバレッジシンキング。

今必要なことはこれだからほかはやらないでいいの!という言葉に納得して以来ボスキャリ関連、ほとんど全部やるのやめた。

〇〇を考えるのやめよう!〇〇って考えよう!っていうポジディブさは常に持ってると思うけど、心の底から納得してそう思えていることはあんまりなくて、結局悩みから抜け出せてなかったんだろうなって思います。

でも、この数日間の今まで経験したことない頭がカチ割れそうな感じが1日で治ったのを想うと、これでほんとうに心から割り切れて、考えを変えれたんだなって思います。ありがとうございます。
ストレス性の、、頭痛、、ほんとにあるのね、びっくりです。

 

そのあとも友達から〇〇受けた??という話にはなっても気にしないようにした。わたしは全部やめたんだ。

やめたとは言いつつ、自分がやめた選考に進んでいる友達からボスキャリの履歴書どーするこーするの話をされると、ボスキャリから逃げた自分に心の中でイライライライラしていたが、もうやらないって決めたの!となにもしなかった。

これってどうすればいいの?これやった?と聞かれるといやいやいや、あんたわたしよりボスキャリの選考状況いいんだから自分でやれ?なんならわたしはなにもしてないし何もしらないのよ?うるさい!!とイライラして嫌な態度をとっちゃってたと思う。大反省。

自分より相手が進んでるって思ったら嫌。関係ない必要のないことでも同じだと思ってた人たちが自分よりすごいところにいるのがいや!プライドとかあんまりないけどなんだかんだ負けず嫌い。

 

自分だけではまわりと比べてばっかりで全部に手を出してしまうから、ビジネス書に助言を定期的にもらいながら自分なりの最高を目指して生きていきたいです。

成功者の話とか大好きでよかった。自分にプライドがないからいろんなことに寛容なのはわたしのいいところです。しかしひとつひとつにちゃんと意見も持つのですぐ流されるとかじゃ全然ないと思います。
ひとのいいところを学ぶことに恥はありません。


ボスキャリに向かう飛行機の中より
(ここまで割り切ってボスキャリにきたはずなのに受けたい企業もないしやりたいこともわかんないってボスキャリ1日目からめちゃめちゃネガティブになってずっと死んでました)

 

シアトルと日本の環境的違い

1年間のプログラムで留学してるんだ。というと、なんで日本に帰るの?アメリカで働きたくないの?アメリカの方がずっとよくない?とよく聞かれる。

 

どちらがいいか、答えはわからない。


シアトルはすばらしいところだ。ただ、日本もすばらしい。

 

どちらがいいかはわからないが、シアトルに住んで7ヶ月になるので、一度シアトルと日本の違いを主観でまとめてみようと思う。

 

【シアトルの好きなところ】
・ラフな服で過ごせる
・大学にばっちり化粧をしてくる人が少ない
・家が平均して日本より大きい
・公園が広い
・とりあえず土地が大きい
・道に生えてる木もとりあえず大きい
・健康食品がたくさんある
・いろんな国の人と話せる
・社会人と会いやすい
・肉が安い

 

【シアトルの嫌いなところ】
・外食高い
交通機関の不便さ
・雨多い、寒い
・カクテルがない
・コンビニが便利じゃない

 

【日本の好きなところ】
・すべての品質の良さ
・便利
・食べ物美味しい安い
交通機関のすばらしさ(とくに電車)
・服がおしゃれ

 

【日本の嫌いなところ】
・常に周りを気にしなきゃいけないところ
・ルールに厳格で柔軟に対応してくれないところ
・満員電車

 


書いてから思ったけど、自分の中の標準が日本の環境。そりゃそうか。

どの世界の人も「自国より〇〇」というフレームワークですべての物事を見ているのだろう。

 

わたしは以上のような点で環境面ではどちらがいいとはいうことができない。ただ、社会保障の面では断然日本がすばらしい。今は留学生という立場なので関係ないが、住むとなったら話はまた別だ。やっぱ日本かなあこれは。

 

ちなみに

こっちで働く中国やインドの人々は自国には帰りたくないからシアトルに残りたい。そのために仕事を頑張ってるんだと言っていた。

 

中国の人はPM2.5がひどく空気が健康に悪いから、インドの人たちはシアトルのほうが発展していて断然住みやすいからと言っていた。

彼らは家族、友人は自国にいるらしいが帰りたくないらしい。

 

アメリカより物価の安いところから来る人は基本的にアメリカで働くことの方をいいとしているようだ。アメリカのほうが環境が断然良いらしい。これもそりゃそうか。

 

ではヨーロッパの先進国からきている人はどう感じているのだろうか。とても気になる。しかしヨーロッパ先進国出身の友達がいない。残念だ。ぜひいつか聞こう。

 

たしかにヨーロッパの人が英語勉強したかったらイギリスに留学するよなあ。

 

内容の薄い話ですが、環境的な違いはこんなところです。

 

それよりもシアトルの人々の考え方や生き方に魅力をたくさん感じて生きています。

 

働くなら日本ベースがいいなあ。でも海外も住みたい。気持ち的な暮らしやすさは断然シアトル。。。。物的には日本。。。。

 

結論:どっちも好き!

 

 

最近のお気に入り自己啓発的言葉たち

1位「それがあなたをhappierにするならやったらいいとおもうよ」

Meetupで人生を楽しそうに生きているおデブなかわいいおじさんに言われた言葉だ。

彼の人生を表している。

「ぼくも人生をhappierにするためにダイエットしなきゃって思ってるんだ」

 

おじさん、共感だよ。

痩せてると日々がhappierになるよね、でも食べるとその時はhappierだよね。わかるわかる。もっとhappierにしたいのに食べちゃうんだよね。共に頑張ろう。

 

2位「なんでto do リストに軽いタスクまで入れるんだ、そんなの隙間時間でやればいいじゃん」

 

わたし「あーやらなきゃいけないことたくさん!」

いや、なに言ってるの?

「やらなきゃいけないことにそんなちっさいことまでカウントするな!」

「軽いことまでやるべきことの一つとして溜めるとストレスが増えるよ!」

 

心に響きます。隙間時間でささっと終わらせます!!

 

 

3位「それやらないと5年後に後悔する?」「やらなきゃいけないことなの?」

 

5年後に後悔しないことならべつにやらないでいいのか。これもやっといたほうがいいしなあ。とたくさんのことに手を出そうとしていたが小さいことで悩みすぎていた。

そんなに大切じゃないこと、あとから後悔しないならやらないでいい!!

 

逆に言うか言わないか(不平不満とか)迷う時は後悔しないなら言ってもいい!後悔するなら言うな!!ってことだよね。

 

とりあえず後悔することはするな!
後悔すると人生の幸福度下がる。

わたしとしては1位の言葉がめっちゃお気に入り。今まで後悔するかしないかっていう基準だけで判断してきたけど自分をhappierにするかしないかっていう基準も追加しよう。