本音100%。感じたことのすべて。

日本のゆとり大学生の本音。そのときそのときのわたしの本音。考えが変わるが、それもわたし。

やるべきことって無限じゃん?に対する私なりの結論。

あたりまえのことをどのレベルまでやるかって難しい。


売り上げを最大化したいなら、

売り場を綺麗にすべきだし、

感じのいい接客をすべきだし、

お客さんの層も把握するべきだし、

なぜ商品を素通りしたかも考えるべきだし、

競合の商品も見るべきだし、

世の中の流行りも知るべき。

 


などなど、できることっていくらでもある。というか無限にある。


でも、休日までそんな仕事仕事って考えてたら、嫌になっちゃう。


やるべきなのはわかってても、そこまで仕事に捧げなきゃいけないなんていやだ。

 

じゃあどこまでやればいいの?

自分が壊れちゃうよ?

 

という疑問に対し、

今日の研修を受けてとりあえずの答えが見つかったので書いておこうと思います。


今日聞いた話では、「ワークライフバランス」という人は、ライフの割合を増やしたいだけなんだって言ってた。


あと、ワークライフバランスっていうなら、ワークもきちんとやらないといけないよねって言ってて、これは腑に落ちた。


やるべきこともしないのに、ワークライフバランスっていうのは違うよね。

 

そんなに仕事したくない!と思っていた自分を反省。


わたしは、仕事がつらい嫌だ嫌だってずっと思っているけど、それなら仕事として与えられることをやればいいだけの話。


これからは、やるべきことをいかに効率よくこなすかを考えるようにしよう。

 

そうしよう。


やったほうがいいことなんて、さっき上にあげたように、キリがないじゃん!!


と思っていたけれど、求められてるレベルをクリアできているなら、〇〇をしろ!なんて言われないわけで。

 


だから、やるべきことを言われないために、


「さぼるために頑張って働こう。」

 

楽するためにやったほうがいいことを精一杯やろうと思いました。


楽するためにとは言うけれど、

正しいことしかしません。

 

人が見て、嫌な気持ちになることはしたくない。

 

やるべきことを減らすために、楽するためにすべきことは全部全力でやろう。というなんだか矛盾した結論に至りました。

 

仕事嫌だという前に、楽するために最小の努力をして目標達成しよう。と決めました。

未来の夢を見て仕事しよう。

仕事ってやっぱりつらいものなのかな?

 

社会人になりたくない。

仕事がしたくない。


しかし、仕事をすること自体が嫌なわけじゃない。


仕事で、嫌なことをしなきゃいけないのがとっても憂鬱で嫌なのだ。

 


嫌なことしないでいい仕事にすればいいじゃん?とも一度は考えた。


だがもし、嫌なことをしないでいい働き方を選ぶなら、福利厚生とかそういうのは望んではいけなくなる。

 

就職予定の会社で働きたくない!!と思うたびに、他の選択肢を検討するが、毎回結論は同じ。

 

「今選んでいる会社がわたしにはベスト。」

 

嫌だけど、ベターな選択肢がない。

どこの会社でも働きたくないなんて、社会不適合者じゃん!とも思った。


わたしは、わがまま。

嫌いなことがたくさん。


とりあえず、嫌いなことをあげると、

 


頭がいい人ばかりの環境

要領のいい人ばかりの環境

可愛い人が多い環境

努力ができる人ばかりの環境

毎日同じ単純作業

肉体的につらい仕事

 


などなど。

 


何事もすべてを手に入れるなんて無理なわけで、なにかを得れば、なにかを犠牲にしなきゃいけない。


そんなのわかってる。


無理やり自分を納得させて嫌なことも耐えるしかない。


嫌なことも楽しむしかない。


4月から働く会社の業務にあたるのはすごくすごく嫌だ。


でも、その会社でやってみたいことがある。

 


海外で仕事をすることだ。

 


うまくいけば最短で海外勤務になれるかもしれない。そう信じている。


頑張った先の未来があるのは、それだけで幸せなことなのかもしれない。とも思う。


4月から働くのとってもとっても嫌だけど、20代で海外で働くためにちゃんとがんばろう。


いくら自分を納得させても、目の前の仕事を見ると、働きたくないって思っちゃうから、毎日自分に未来の目標を暗示しなきゃな。と思います。

 

 

 

社会に価値を生み出してない自分の情けなさ

お金を生み出してないって、社会に価値を提供できてないってことじゃない?

 

今わたしはバイトをしていない。


人から対価を得ていない。価値を社会に提供していないのである。


1円も稼いでいないので、わたしは今社会の循環の輪の中に入れていない。


このままじゃだめだ!!!


バイトする!
バイトをするというか、働く!働くというか価値を生み出す!


役に立っていない自分が情けない。


自分だけのために生きて楽しんでるなんて情けない。


稼いでない自分に問題を感じるが、お金をあまり稼いでいない人が社会的価値が低いとは全く思わない。


お金を多く生み出す=多くの人に求められてる


ってことだけで、自分の周りの人に喜んでもらえてたらそれは周りの人に対して大きな価値を生み出してるんだろうなあって思います。


お金=価値への対価
かもしれないけど、価値の捉え方はいろいろあるんだろうな。わからないけど。


ただ、やっぱりなにも生み出していないのはいかん!って思います。


早く循環社会の輪に戻りたいです。今月にはインターン始まるので楽しみです。

 

 

 

 

 

 

楽しかったときのことをしたら楽しくなった

「最近のあなた、楽しそうじゃないよ。アメリカでのあなたはもっと楽しそうだった。」

「そんなあなたは魅力的じゃない」そう言われた気がした。

 

「口開けばネガティブだよ」


本当にその通り、おそらく今のわたしは楽しそうなオーラをまとっていないだろうし、輝いていない。


しかし、現在の環境に不満があるわけではない。
友達と話したりテレビを見たり、本を読んだりしてある程度は楽しい。ただ、特別楽しくはない。


アメリカでの生活との違いは、新しいことしていないから刺激がない、あまり人と会ってない、運動してない。これにつきる。


アメリカでは楽しかったってことは、改善のヒントはこの違いのどこかにあるんだろうな。


ということで全部やります。


新しいことして、
人に会って、
運動します。


就活言い訳にさぼってしかいなかったけど、


楽しくなきゃ意味ないし、


就活ほどほどにして新しいことやって、いろんな人の話聞いて、運動します。


というか、してみました。


結果、ありえないくらいポジティブ。


楽しさ戻ってきた。元気!笑


単純でバカでよかった!!

就活と恋愛の傾向って同じ!?

恋愛で一途な人は就活でも企業絞る!?


本当にこれ完全に主観でしかないんだけど、一緒に就活する周りの友人見る限りそうなんだよなあ。おもしろい。


ずっと彼女一途の友達はずっと前からA社行きたい!ってその企業への対策またはその業界だけの対策をしてる。


一方、いつも違う女の子といる友達は、イケてる会社を広く見てる。


また、二股とかうまくやる人は業界絞ってなくても上手くこなしてるし、


一途でも割り切って遊ぶわけでもない人は絞り気味だけど完全に絞ってないみたいな。

 


わたし中途半端人間だよな、ああ、たしかに就活も絞ってるように見えて絞りきってない就活してるな。


そろそろ腹をくくります。


覚悟を決めます。

 

 

 

スマホとわたしの2人だけの空間

スマホって不思議じゃないですか?


スマホを使っているときって、自分と携帯の2人の空間が存在してるような気がしませんか?


スマホを通して交信する相手は実在する人だとしても、自分と直接関わっているのはスマホ。人ではなく、機械。

 

自分とスマホで一つの世界、スマホと友達で一つの世界があって、その二つの世界がこれまたネットの世界で繋がっている。


スマホばっかりずっと使う生活って、存在しない世界を生きる生活じゃんって思いました。そんなの嫌です。もっと人間としての感覚をフル活用していきたいです。

 

話は戻りますが、
画面に集中していると、画面の世界に入り込んでしまいます。今はスマホのメモに書いているのですが、わたしの神経はスマホの中にあって、実在する隣のの人には一切行っていない。


ふと携帯をいじるのやめて、周りを見渡すと「あ。」と我に帰る。


電車で冷静に周りを見ると、いろんな人がいて、それぞれ別の過程があって、パートナーがいて、違う日常を歩んでるんだなって。

 

なんか不思議な感じがしました。

 

隣のおじさんはおじさんの世界を生きているんだよね。

 

今同じ空間にいるけど、お互い違う空間の中にいる、この感じ。

 

なんとも言えないけど、スマホ大好きだけど、ありがたいけど、魔力あるよね、スマホって。

 

スマホ様の世界に引き込まれて現実意識しなくなるもん。

 

まあでも、スマホスマホ言ったけど、本読んでても自分の意識は本の中に行くし、まあ意識が別の世界に行くのって悪いことでは全くないよね。

 

ただ、現実世界もちゃんと生きようって思った。そんなかんじ。

すべては自分事にすることから。

何事も自分事じゃないと本気にはなれない。


自分事として経験してなければ本当の意味で相手の状況はわからない。


「自分事にする」


これはなにかをするにあたり、効果的だし、意識すべきポイントだなあと感じている。


自分の過去を振り返っても、とりあえずやってみないことにはなにも身についてないし、やってみたことは案外身についていることが多いなって思う。


例えば、ギネス記録のイベント前、Facebookのイベントページを作った。ページを作ることが自分の仕事となり、初めて編集方法を検索し、形にした。またやってと言われても次はすぐ作れる。


このとき同時に初めて写真の背景を消すという作業をした。自分のこととして一回やったら自然とできた。なんだ、わたし画像編集できるじゃん。ってなれた。楽し。笑


他の例としては、メルカリとか。自分が使うものって自然ともっと学ぼうと思うし、自主的に考えやってみる。購入し、出品し、メルカリの便利さとか工夫とかめっちゃ知って感動した。メルカリのすごさとか歴史人に教えられるくらいには知ってると思ってる。


おそらく、メルカリ流行ってるしどんなもんか調べてみるかーってなってもわたしは詳しくはわからなかっただろう。


インスタで料理アカウント始めたけど、やってみたら「背景考えるのとか難!」「他の人ってこんな工夫してたのか!」とか初めて色んなことに気づいた。


実際にやってみて自分のこととして考えることって意外に重要だし、自然と役に立つものになってるし、なによりやっていて楽しいな!っていうのが最近の気づき。

 


最近としては、友達がやってたOne Tap Buyっていう株を売り買いできるアプリを始めた。


今まで商学部証券取引所のこととか、株発行の仕方とか、額面価格とかさんざん学んだけど、実際ほっとんど覚えてない。


だから、「株やってみるか!自分事自分事!」って感じでやり始めた。


前は株のこと勉強しよーって思って株のこと本読んだり株売買の模擬アプリやっても、すぐやめてたけど、


今は、自ら新聞読んで企業の現状を意識するようになったり、その企業の次の新製品調べたり、企業情報調べたりしてる。
この株どうなるんだろ。気になるってなって調べちゃう。
やるか!ってなっても続かなかった勉強なはずなのに楽しいんだよなあ。不思議。


自分ごとにして自主的にやるってなんて楽しいんだろう。


やってみて嫌だったらやめるけどね。それも大事。ってくらいのてきとうさ。やりたいことは頑張るけど嫌いなことは頑張らない。わたしは嫌なことを頑張れないから。それでいいんだ。


新しいことしてるときワクワクするし、やらされるより自分でやるって楽しいから、これからも興味あることはとりあえず自分でやってみよ〜ってかんじ。


次は、プログラミングやってみたいからとりあえずホームページ作ってみるんだ。


就活の副業〜とか言ってたらビジネスじゃないんだから趣味だろ!って言われた。

あれ、趣味なかったはずなのに趣味みっけ。